白金台内観研修所所長紹介

青年期より精神的な救いを求めて魂の遍歴をするが、28歳の時内観を体験し、自分が長い間求めていた世界に触れた。
以後吉本伊信先生に師事し、1984年埼玉県名栗村に「名栗の里内観研修所」を開設。
1999年内観センター創設に伴い現在の白金台内観研修所に移転。
開設以来6,000人を超える内観面接を体験する。
現在、「日本内観学会 副理事長」
「日本内観研修所協会 会長」。

1951年 高知県生まれ
中央大学卒業後 厚生省病院管理研究所研究科修了

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ごあいさつ

私が内観を始めてから35年、内観研修所を開設してから30年が過ぎようとしています。この間の生活は、紆余曲折がありながらも内観を軸にした生活であったことは間違いなく、物理的にも精神的にも生活のすべてが、内観のためにあると言っても過言ではありませんでした。言葉を換えると、内観があったからこそ今日まで生きてこられたと言えます。

1951年高知市で生まれた私は、両親と4歳上の姉に守られた本当に幸せな家庭で育ちました。しかし、5歳の時に父が他界し、母も入院することになり、姉と共に親戚の家に預けられる生活になりました。それ以後10年間、中学卒業まで親戚の家でお世話になりました。親戚では、とてもよくしていただき楽しい10年間でしたが、幸せな家庭が一瞬にして崩れた喪失体験や両親と離れて暮らす淋しさは、幼い私の心に大きな影響を与えたようです。

と言うのは、思春期になると、本当の幸せとか生きる意味等を考える悩み多い青年になっていたからです。最初は書物に頼り、いろいろな本を読みました。その結果、昔の偉人たちは、洋の東西を問わず、同じようなことを言っているということまではわかりました。しかし、いくら知識がついても心がそういう境地になりませんでした。さまざまなことに挑戦しましたが、うまくいきませんでした。そんな時にある機縁から内観を知り、集中内観に行くことになったのです。最初は、あまり期待していませんでしたが、内観は真剣にやりました。4日目ぐらいにあることに気づき、突然大きな変化が起きました。今まで味わったことのない大きな感動、喜びで全身が満たされました。長い間求めていた心の喜びを体験したのです。初めて心の神秘に触れたのです。そして、その喜びは、内観が終わっても3ヶ月ぐらい続きました。息をする度に身体の奥から喜びがこみ上げて、身体が溶けるような感覚でした。

最初の内観体験は、私の生活に大きな変化を起こしました。簡単に説明しますと、それまでは幸せを感じる時間を得るために、その他の大半の時間を費やして努力する、といった生活スタイルでした。それが全く逆になって、一日のほとんどが幸せな時間で、苦しいことが少しある、という感じになったのです。内観前後の私を一番知っている妻も私の変化に喜んでくれました。

内観で救われた私は、それ以後も内観で味わった"感動"や"喜び"に惹かれ、それをさらに大きく、深く味わいたいために内観を続けていましたが、やがてもっと複雑な欲求に変わってきました。言葉で表現するのは難しいのですが、あえて言えば、真理とか永遠とかそういったものに触れたい、知りたいという欲求になってきたのです。内観そのものの中にその答えがある、という確信があったからです。その確信の根拠は、内観創始者・吉本伊信先生の生き様・死に様にありました。

私は吉本先生の最晩年を弟子として一緒に過ごす幸運に恵まれ、先生が意識を失うその日までの生き様をこの眼で確認できました。先生はご自分の欲求はすべて捨て、一年365日、朝起きてから寝るまで一分のスキもなく内観者さんのために生活のすべてを捧げられていました。しかもそんな犠牲的な生活をなさりながら、無理も気負いもなく、ゆったりとして自然で、傍で感じられるほど喜びに溢れ、幸せそうな生活でした。

病に倒れ死期が近づいた時も、肉体や能力が衰弱していく中で、肉体的な苦痛もあったでしょうに、何の気負いもなくゆったりとされていました。最後の最後まで喜びと感謝に溢れ、眠るように亡くなられた先生の生き様は「人は修行次第では、ここまでになれるのか」という感動を私に与えると同時に、大脳新皮質を与えられた人間の持つ可能性というものを教えていただきました。その先生を支えたのが、内観であったことは間違いありません。先生に少しでも近づきたいと願っている私にとって、先生の亡き後も内観をすることや内観について考えることは、人生の中で一番大切なことになったのです。

小さな幸せに満足しがちな怠け者の私が、現在のような生活を送らせていただけるのも、ひとえに吉本先生に出会えたお陰だと心より感謝しております。その後、私自身の内面体験を深めさせていただいたり、内観に来られた方々の大きな変化を目の当たりにして、内観に対する信頼が益々増しております。このまま人生が終われば"本当にいい人生だったなあ"と心からそう思える心境です。このようなやりがいのある仕事に就けた幸運をつくづくと感じております。

「一人でも多くの人に幸せになってほしい」とは生前の吉本先生の口癖でした。私もそんな先生の願いを、内観を通して、引き継いでいきたいと思っております。まだ、吉本先生の心境には遠く及ばない私ですが、内観に来られる方々の道先案内人として、皆様とともに命の続く限り歩んでいきたいと願っております。

皆様のお越しをお待ちしております。

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